登山家の栗城史多氏が、5月21日にエベレストで亡くなりました。
個人的に登山をやっているので批判的な立場ですが、色々調べてみるとかなり体調が悪かったようなので、プレッシャーや批判があったとしても、撤退を決められなかったのかと思います。
確かに、すごいところに行っていたようですが、どこか気持ちだけが空回りしていたような印象を受けていたので、何か違うのではないかと思っていましたが、この結果は非常に残念です。
それで、今回は栗城氏を見ていて思った、自分で無理やりやる気を出すことの、負の側面について書いていきたいと思います。
栗城氏のエベレスト登山について、森山憲一と言う登山ライターの方が、ホームページ上で書いていたのですが、その中で、嘘をつくことで自分が追い込まれてしまうと書かれています。
森山編集所 栗城史多という不思議2 (勝手にリンクを張っているので削除するかもしれません)
実は、自分や周りが「やればできる!」と言い続けて、それに対して快楽が感じられることを続ける…、具体的に周りから称賛されるとか、仲間として認知されるようなことを繰り返していると、それらの快楽になる物だけを見て、それに対する批判や冷静な意見が、苦痛なものになってしまうので、遠ざけたり見えなくなったりしてしまいます。
そうなると、更に「やればできる!」と周りがチヤホヤするループが強化され、文字通りブレーキが無くなってしまい、冷静な判断が出来なくなります。
この現象、以前に社会問題にもなっています。
前に、居酒屋チェーンのワタミや衣料品のユニクロ等が、壮大な夢を語り社員を高揚させることで、低賃金長時間労働をさせ使い倒す、「やりがいの搾取」と呼ばれていることをやっていて、ニュースにもなっていました。
この頃ワタミの渡辺美樹社長が、ひたすらポジティブな発言ばかりをしていたのに、その裏で社員が過労死するなど過酷な現場の実態を暴かれており、そのギャップに多くの人が呆れたのではないでしょうか?
社員に夢を語る以上に、社長本人がその夢やポジティブな面に酔いしれて、ネガティブなものが一切見えなくなっていた、そういう状態です。
そして、更に怖いのが、自分の体の不調などがあっても、それからも目をそらしてしまうことで、取り返しがつかなくなることもあります。
これは、がんなどの病気ではよく聞く話ではないでしょうか?
このように、やる気を出すやポジティブになると言うのは、行き過ぎると現実が見えなくなってしまい、何か対処しないといけないことがあっても、それがみえなくなってしまい、結果的に目標の達成、もしくは撤退の見極めが出来なくなってしまいます。
今回は、やる気を出すことのダークサイドについて書いてきましたが、いかがだったでしょうか?
やる気を出すことは悪い事ではないですが、それが盲目的になってしまい、現在の状況が見えなくなってしまうことがあります。
そうならないように、心のアクセルとブレーキを、上手く使いこなしたいものです。